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1963年東京都生まれ。東京スイミングセンター所属。世界記録保持者である北島康介選手のコーチとして有名。早大水泳部時代はマネージャーとして活躍。卒業後東京SCに入社し、数多くのオリンピック選手を輩出した青木剛氏(現日本水泳連盟競泳委員長)の下で指導理論を学び、ジュニアからシニアまで多数の日本代表選手を育成している。 スイム後の森隆弘選手と藤井太郎コーチ。
高地合宿先【NAU】のプール脇にも、大小のバランスボールが揃っている。
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今回の対談は遠く日本を離れ、アメリカ・アリゾナ州で行われることとなった。ここアリゾナの高地で来るアテネ・オリンピックを迎えた強化合宿の真っ最中である。期待の森隆弘選手に帯同していた野口智博が、世界記録保持者・北島康介選手のスタッフとして現地入りしていた平井コーチ、小沢トレーナーに参加を要請、練習後のある夜、宿泊先の「フラッグスタッフ・エンバシースイート」の一室にて行われた。
野口(以下N)「少し前までウエイトトレーニングは身体に悪いとタブー視されてきた時代もありました。しかし、現在の競泳トレーニングでは、陸上でのウエイトトレーニングの重要性はだれしも認めるところです。意識の高い一般スイマーの間でも、水中トレーニングだけでは限界がくることに気づいている方々も増えてきています。今はかなり浸透した感のあるこのウエイトトレーニングですが、平井さんは選手強化の現場に関わるなかで、この点について、どのようにお考えでしょうか」
鈴木大地選手の金メダル平井(以下H)「20年ほど前、私が陸上でのウエイトトレーニングをしていた頃は、基本的な考え方として、それぞれの筋肉をパーツごとに強化していこうという取り組み方でした。正直言うと、スピードをつけるために筋肉トレーニングをやるという感覚はなかったんだと思います。その後、私がコーチになって、ちょっと衝撃的なことが起こった。88年のソウル五輪で鈴木大地選手が、当時まだタブーとされていた筋力トレーニングに取り組んで金メダルをとった。あの時の衝撃は意外に大きくて、自分の経験として、筋力トレーニングをやるとその後疲れて泳げなくなる。鈴木大地選手の実績と自分の経験とをどう相関させていったらよいのだろうかと頭をかかえましたよ。でも、同時に『水泳にウエイトトレーニングは必要だ』とはっきり意識させられました」 N「私が鈴木選手たちと一緒にトレーニングをしていたセントラル研究所では、ウエイトトレーニングを積極的に取り入れていました。一週間のうち、月曜日は上半身、火曜日は下半身、水曜日にストレッチコード(チューブ)、そしてまた木曜日は上半身、金曜日は下半身というようなパターンで……。ですが、現在の強化練習の現場では、私たちがやっていたようなパターンではなく、スイムはスイムで集中的にこなして、その翌日には、ウエイトトレーニングを集中的にこなすというようなやり方に、だいぶ変わってきています。 私が現役の頃は、ウエイトトレーニングはあくまでも『スイムの補助』という考え方が主流だったように思いますが、最近は『陸上で身体をしっかりと作って、それを水の中で使い切る』という発想になってきているんじゃないでしょうか」 H「そうですね。さらに、今、僕たちは、強化したい部分をより明確にして取り組むようにしています」 N「それは具体的にはどのようなことですか?」 H「昔のやり方は、牛丼や親子丼などの丼物のように全部の部位に対するトレーニングをてんこ盛りにして「食べちゃえ!」って感じだった。だけど今は、「月曜日にはご飯、火曜日にはおかず、水曜日には味噌汁……」というように、それぞれの部位に少しずつ確実に負荷をかけ、力を吸収していくことを心がけている。このやり方の方が、『身体の力の連動』にいい効果が現れます」 N「いわゆる『コーディネーション』と呼ばれる考え方ですね」 H「そうですね。結局、筋肉の各部位を鍛えても、その力が水の中でどのように伝わっていくのかを意識しないと泳ぎに対する効果は現れてこない。どんなヘビーウエイトをやるにしても、この『身体の力の連動』を意識することがいちばん重要になってくると思います」 体幹をつかった泳ぎが主流にN「ウエイトトレーニングの変遷にともなって、選手の身体もだいぶ変わってきたんじゃないですか」 小沢(以下O)「そうですね。以前の主素は上半身なら三頭筋(上腕)などでしたが、最近は水中でのプル動作でも、昔と違い後背筋という『体幹により近い大きな筋肉』が重要になってきています。選手の身体を触っても、三頭筋の張りなどよりも、どちらかといえば、肩甲骨周辺や後背筋付近の、いわゆる『体幹まわり』のアウター(比較的体表面に近い)部分の張りを感じます」 N「泳ぎのスタイルも、より体幹に近い部分の大きな筋肉を使い、手でつかんだ水をひくという形が重要になってきていますね」 O「そうですね。そのような泳ぎの変化にともない、チューブトレーニングもかなり多彩なバリエーションがでてきました。僕たちが現役時代にやっていた、チューブをストロークのような形にしてひっぱるトレーニングは、肩や腕などのパーツには効くけれど、それをコントロールしてる体幹にはあまり効果が見られなかった。今、この点を改良していこうとさまざまな工夫が考えられています」 H「そうですね。チューブを主体にしたストレッチコードなどのトレーニングは、先ほどの『コーディネーション』という観点でみれば、本当に水泳に向いているような動きかと言われれば、多少の疑問は残りますね」 N「そのストレッチコードですが、海外での使われ方はどうなんでしょう」 H「以前、オーストラリアのキーレン・パーキンス選手(バルセロナ・アトランタ五輪1500m自由形金メダリスト)の練習風景を見に行ったとき、ストレッチコードは『腰を固定して腰から引いたほうがいい』と聞きましたが、水の中の不安定な状態で力を発揮するのと、地面に足をつけている状態で力を発揮するのはまた違う問題だから、足に地がついた状態でいくら力が発揮できても意味がないのではないかと思ったことがあります。やはり、海外でも、当時と比べて今の考え方はだんだんと違ってきています。各パーツの鍛え方プラス、それを『どうやって身体の中でそれぞれの筋力をコーディネートしていくか』ということがやはり大切になってきていると思います」 N「最近の選手の身体づくりでは、腹筋運動なども重要視されていますね。何か効果的なトレーニング方法などはありますか?」 H「腹筋がきちんとついてきて背筋とのバランスがよくなってくると、背中の筋緊張がゆるんで動きの連動の強弱もつけやすいし、疲労も残りにくくなる。体幹が水中で一定の位置に保てるようになるためには、やはり腹筋がきちんとしていないといけないと思います。そのためには、今はバランスボールを使ったトレーニングがおもしろいんじゃないかな、と思います。腹筋に力をいれながらいろんな動作を加え、常に『体幹』つまり身体の中心線を意識させる」 N「そのような『体幹道』の考え方は、使う部位を意識するトレーニングに発展してきますよね。普通に腹筋を鍛えるにしても、腹筋の上部もあり下部もあり、足に繋がる部分もある。その使う部位を意識することによってトレーニングのバリエーションも増えていく。今の選手たちのバランスボールを使った腹筋運動のパターンも何百種類もありますね」 H「今はバランスボールのトレーニングでも、その他のドライランドトレーニングでもそうだけど、選手にいろんな動きをさせ、身体のどの筋肉を使っているかを常に意識させる。ジャネット・エバンスのバット・マカリスタコーチから『水泳でいちばん最初にへばるのは腹筋だ』という言葉を聞いたことがありますが、実際、中村礼子選手(日本体育大学。先のワールドカップ200m背泳ぎで短水路日本記録を樹立)がよく『腹筋が先にばてた』と言ってくるのを見ると、『泳ぎに必要な筋肉』がどう使われているかという本人の『感覚』みたいなものが、徐々に生まれてきているのではないかと思います。この自分の肉体の感覚を『研ぎ澄ます』ための練習がますます重要になってくるのだと思います」 O「そうですね。障害予防の観点からも、腹筋と背筋のバランスはとても大事です。次回は、体幹を意識した障害予防や筋についてのお話しをさせていただきたいと思います」 N「本日はどうもありがとうございました」■ |
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