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第2回 「腰痛を克服する」
聞き手・・・・野口智博
今回のゲスト・・・・小沢邦彦トレーナー(リフレッシュ指圧センター)
 
小沢邦彦トレーナー
1970年長野県生まれ。リフレッシュ指圧センター院長。北島康介選手専属トレーナー。日本大学時代にはバタフライの選手として、同大学の日本学生選手権優勝に貢献。卒業後は東京大学研究生として、武藤芳照教授の下でスポーツ医学の基礎を学ぶ。柔道整復士の資格を取得後勤務したYour指圧センターでは、当時日本代表トレーナーであった堀内政亜希院長に師事し、東洋医学をベースにした「スポーツ指圧」を学ぶ。独立後は選手時代の経験を生かし、「泳ぐ人」の身に立ったきめの細かい治療で、多くのスイマーからの信頼を得る。





スイマーに多いとされる「腰痛」。その原因は、体幹を無視したトレーニング、つまり「腹筋と背筋のバランス」の悪さにあった……。前回に引き続き、水泳選手の身体を熟知している小沢邦彦トレーナーが登場。選手たちに帯同してアテネへ飛び立つ前に、腰痛の原因と予防法、そして腰痛を感知した時のケアの方法を伝授してもらった。
野口(以下N)「前回、腹筋と背筋のバランスの重要性に触れました。今回は、体幹を意識した障害予防の観点から、一般スイマーにも多い『腰痛』について取り上げてみたいと思います。マスターズスイマーには腰痛で苦しんでいる方も多いようですが、まずスイマーが腰痛になる原因はどういったことにあるのでしょうか」

小沢(以下O)「前回の話とダブる部分もあるかもしれませんが、やはり『腹筋と背筋のバランス』が悪いことがあげられます。腹筋の鍛え方が足りないと、泳ぐ時の姿勢のバランスが悪くなって、背中の反りが強くなってきます。そうなると、練習の後半で腰が浮きにくくなり、腰の位置が下がってしまい、足が利かなくなる。その結果、腰にかかる負担も大きくなって、腰痛が起こるわけなんです。腹筋は、背中の脊柱起立筋の量と比較すると本当に薄いものですから、どちらが疲労しやすいかと言えば、やはり薄くて少ない腹筋のほうが疲労しやすくなってくるわけです」

N「太ももの後ろの『ハムストリングス』と呼ばれる大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋が張っている選手も、腰痛になりやすいと言われていますね」

O「そういう方も多いですね。それと腰痛が出る人には、キックが強い人がとても多いです。脚の前側には大腿四頭筋という4つの大きい筋群がありますが、太ももの後ろ側は大腿二頭筋、いわゆるハムストリングスという2本の筋群しかありません。単純に比較しても2対1の比率なわけです。従って、前に蹴りこむキックは四頭筋の4本の筋肉で蹴れるんですけど、戻しのキックは、そのハムストリングスの2本で引いて戻すので、ハストリングにかかる負荷は大きいわけです。
ハムストリングスの起始部、いわゆる『ももの後ろの付け根部分』の筋は、ちょうどお尻の下に潜り込んでいます。その筋が潜り込んだところの上にある『大殿筋』が、脚の多用によってまず緊張し、お尻がかたくなる。そしてそのお尻の緊張が続くと、今度は脊柱起立筋の付着部である骨盤付近、いわゆる腰に負担が移行してくるんです。その負担が筋肉の張りになって、そのまま進行すると腰痛に移行するというパターンが多いです。そんな時は、まずはハムストリングや足全体をほぐしてから、次にお尻をよくほぐしてあげないと、絶対に腰の張りは緩まないんですよ」

N「ハムストリングスの張りから大臀筋にかけての負担が高くなってくる腰痛のメカニズムは、バタ足系のキックの時の、打ち下ろす方が4本の大きな筋を使うのに対して、蹴り上げるのは2本しか使わないということですね。背泳ぎの選手にも腰痛に悩む選手が多いですよね」

O「それと、スイマーの腰痛の第一段階で痛くなるのは、脊柱規律筋の下のほうなんですよ。平泳ぎとバタフライでかなり使う部分なんですよね」

N「背泳ぎの選手は?」

O「うつ伏せの種目と比べて、余計に負担がかかるわけなんですよ。特に、背泳ぎの人のバサロスタートをするじゃないですか? 背泳ぎのバサロスタートは、水中で四頭筋とハムストリングスが、力の比率で言えば『1対1』の動きをしないと、まっすぐ進まないわけです。ですから自ずと筋量の少ないハムストリングスにかかる負担も高くなりますね。鈴木大地さんも以前腰痛で悩まされていますし、身近なところではシドニー五輪の時に、やはりバサロが上手かった中村真衣選手が、腰痛に苦しめられていました。
バサロの時の水の中の動きっていうのは、上半身は止めたまま、腰の中間から、こう鞭を打つように打つじゃないですか? 最近、アメリカのナタリー・コフリンとかがそういう打ち方しますよね。そうなってくると腰の部分の、ちょうど腰椎の1番2番のところから鞭打つように動かしていれば、必然的に腰に負担かかってきますよ」

減少傾向にあるトップスイマーの腰痛


N「しかしながら私たちが現役の頃に比べると、腰痛が原因で選手生命を縮めるトップ選手は、少なくなってきたように思います」

O「そうですね。今の大半の選手は、水中練習前に体幹を締めてから水中練習に入ります。我々が現役だった頃との一番の違いはそこでしょう。水に入る前の段階で、30〜40分かけてドライランド(陸上トレーニング)をやっていますが、それが腰痛予防にもつながっているといえるのではないでしょうか」

N「指導者の間では、体幹を鍛えていこうという意識はすごく強くなってきていますね。先生が現役だった頃と比較したら、どれくらい違いますか」

O「当時が1だとすれば4〜5倍はやってるんじゃないでしょうか。最近のトップスイマーは、体幹を締めるために、腹筋だけでなく腹筋と背筋の両方を交互にしめたりという具合に、メニューのレパートリーもかなり増えています。僕らが現役だったころとでは、陸上トレーニングの種目数やトレーニングにかける時間も全然違いますね。
また練習後にはきちんとストレッチをしたり、ケアも怠らない。あの北島選手や三木二郎選手達でも『体幹を鍛える』『泳ぐ』『ケアをする』は、全て水泳のトレーニングの一環として、常にやっています。どれかが欠けたら絶対何かしらの悪い影響が、でてきてしまうと思っています」

N「特に北島選手や森隆弘選手ら一流選手の水中での動きは、僕らが想像つかないくらいの負担が身体にかかっているわけですからね。今から15年ほど前の競技レベルじゃ追いつかないほどのトレーニングを、陸上でも十分にしているということですよね」

O「数段上をいっていると思いますね。僕らの頃は腕と脚が主で、体幹を使って泳ぐっていうタイプじゃなかったですから。今の選手の泳ぎは、きちっと体幹でひいてくる泳ぎに進化してきています。それがタイムの更新に繋がってるし、故障も少なくなってきている要因だと思います。
私たちの頃は、ただ『泳ぐ練習をすれば良い』という感覚でしたから、必然的に故障も多くなってしまっていたと思います。スイミングクラブに行っても、ストレッチをする時間など全然ありませんでした。選手コースに入っても、毎日長い距離を泳ぐだけで、ドライランドなどの時間はほとんどなかったじゃないですか。また身体をケアするのにどこに行ったらいいのかとか、どういうことをしたらいいかわからない時代でしたから」

N「確かに小学校高学年くらいの段階で、ほとんどの選手が腰痛を経験していましたね。ちなみに、私も腰痛もちの中学生でした(笑)」

O「そうでしたね。若い時は、軽度の痛みであれば『寝ればとれる』ということもあるかもしれませんが、それ以上に、きつい練習をした後に身体のケアもせずに、使いっぱなしで終わってしまっていた。今思えば、とんでもないことしてたっていうのがわかりますよね。 今は多くの指導者が、腹筋背筋を鍛えるための知識も随分持つようになってきましたから、かなり予防はできてきていると思います。教える側も、ジュニアのうちからきちんと、練習前後のストレッチなどを指導してあげないといけないですよね。指導者が気をつけてあげないと、今の進化したストロークを覚える前に、腰痛で潰れてしまうというケースも多くなるのではないでしょうか」

N「なるほど。では小さい頃から、自分の身体のケアの重要性をしっかり教えて、習慣付けるにはどうしたら良いのでしょうか?」

O「一番良い例は、今活躍している松田丈志選手(中京大・東海SC)ですね。久世(由美子)先生に指導されていく中で、子どもの頃からきちっとストレッチの時間もとってきたそうです。だから故障なくあれだけいい状態で育ってきてるわけなんですよ」

N「それについては、私も取材を通じて久世コーチから聞いたことがあります。松田選手が中学生の時から、身体の図面が書いてある紙に、痛みがある箇所に印を付けさせるなどして、自分の身体と向き合うことを毎日させていたそうです。今でもご自宅には当時の資料が全部残っていて、いつどこに痛みを得たかなどが、すぐに引っ張り出せるんだそうです」

O「中学生のうちに、自分の身体に関しての知識を一通り身に付けさせた上で、いろいろなトレーニングをやらせてきているというわけですね。ただ単に泳がせるのではなくて、そのような手法を使って自分の身体に対する知識を、コーチが選手に認識させるようにすることは、とても大切だと思います。平井(伯昌)先生も、随分早くから体幹を鍛えることの大切さや、ストレッチなどケアの必要性を説いておられたじゃないですか」

N「現在治療院には、ジュニアスイマーのお客さんって結構来てますか?」

O「えぇ、来てますよ。最近中学生とかも結構来てますね。やっぱり腰痛とかが多いです」

N「二次性徴期のあたりって、やはりそれなりに筋がついてきて、使うようになるから?」

O「そうですね。あと成長痛もあるんですけど、成長痛の中で結局、筋緊張が強くて、伸びないで痛みが出るっていうのもありますから。筋緊張を緩めてあげると、楽になるっていうケースもあるし。で、身長も伸びやすくなってきたりとか(笑)」

一般スイマーが抱える腰痛の悩み


N「さて、マスターズスイマーの中には、トレーニングによる腰痛もさることながら、特に日常生活での作業中に、ギックリ腰(筋筋膜性腰痛)や椎間板ヘルニアになってしまったという方が多くいます。もしなってしまった時には、どのようにしたら良いでしょうか」

O「ギックリ腰は、急性のものは冷やして安静が一番の薬です。アイシングをして、炎症を消炎作業をしてあげるのがまず先です。ギックリ腰は、骨盤の筋肉、筋膜、じん帯、軟骨(軟部組織)が損傷して、筋膜に傷ができてしまっているわけなんですよ。そしたら、傷口がふさがるのに3〜4日かかるんで、そういう時には極力体幹部を使わないようにして、安静にするのが第一です。『針治療で治った』とかっていう人もいると思うんですけど、針は、結局鎮痛効果、『痛みをとる』には効果的ですが、痛みをとっても結局傷口はあるわけですよ。傷口は塞がっていないわけですから、それを『痛くないから治ったんだ』っていうふうに認識して動いてしまうと、この傷がまたもっと広がったりとか傷口がふさがるのに時間がかかってしまいますから、気をつけてほしいです。
ギックリ腰になる時は、筋肉が長い間過緊張になってしまっているんです。過緊張の状態で動かそうとした時に、筋の緊張が強くて曲がらないほどであるにも関わらず、無理に曲げようとしたりするために筋膜が切れてしまうわけなんです。3〜4日安静にして、少しずつ動けるようになったら、マッサージや、指圧で少しずつ過緊張だった筋群をほぐしてあげると、傷口に対する圧が軽減されてきて、楽になってくるはずです」

N「なるほど。あの痛みは、筋膜の傷が原因なんですね。ではヘルニアについては?」

O「椎間板ヘルニアについては、骨の障害ですから、私達東洋医学ではなく、むしろ整形外科とか西洋医学の部類になるので、そういう時にはまず病院に行ってレントゲンを撮って、骨がどういう状態なのかを診てもらうことが必要です。やはりヘルニアになる時も、結局筋の過緊張が原因ですよね。
そこで腰椎のズレが見つかるはずなので、見つかったらまず安静にしてから、腰椎の周囲よりもその更に周辺や、遠因になっていそうなところからほぐし始めます。状況を見て、最終的にズレが生じた部分の筋の張りを取っていきます。ここで気をつけることは、痛めた直後に、無理してストレッチをしないことですね。
張りが取れれば、骨のズレは元に収まり始めます。そしたら徐々に、脊柱起立筋などの補強トレーニングとストレッチを行うべきです。結局そこが弱いと、鍛えた時や負担がかかった時に、また同じように骨がずれてきますので、その繰り返しになります。繰り返すと『すべり症』といって、骨同士がこすり合わせられることで骨の起伏がなくなって、更にずれ易くなってしまいますので」

N「それらの予防のためには、先ほどから話しているストレッチや陸上での補強トレーニングが必要なのはわかりますが、もし、なってしまった、あるいはヘルニアやギックリ腰になりそうな時に、無理をしないことが必要かと思われます。いわゆるこれらの障害の『前兆』には、どのような症状がありますか」

O「『あれ、何だ?』というように、何かの動作の時に、電気が走るような痛みが腰から背中に走ったら、気をつけた方がいいと思います。前兆が起こった時には、筋緊張がもうかなり強い状態なので、専門家に揉んでもらったり、あと入浴してゆっくり温めて筋肉を緩めるのが有効です。ストレッチもいいけれど、痛いとこまで伸ばしたりしてしまうと、余計筋緊張が強くなってしまったりというケースもありますから、用心してほしいですね」

N「前兆に気づくことも大事ですし、腰痛の原因を自分でしっかり把握することも必要でしょうね。電気が走るような痛みがした時に、普通にトレーニングをしていてなったものなのか、それともキックの練習をすごくしたことによっての、脚の張りからきたものなのか、というように。 日常生活で立ち姿勢が長かったり、デスクワークで座っている姿勢が長かったりした時には、腰椎の圧迫が強くなり、最悪ヘルニアになってしまうという可能性もあるわけだから、その筋緊張をとってあげられるような入浴をしたりとか、ストレッチをしたり、小沢先生のような専門家にまかせたり、というのが必要になってきますよね」

O「一人一人生活習慣が違うわけですから、各自が自分の身体の変化を見極める力をつける必要があるでしょうね。普段からそれをしておかないと、せっかくいいトレーニングができていたとしても、体調が整ってなければいい記録もでてこないですし」

N「無理して続けてしまうと、やはり余計に悪くなるケースのほうが多いわけですから、どうしてもこの試合のためにがんばってきたという時でも、時には見送る勇気を持たないといけないでしょうね」

N「あと、最近はマスターズもちょっとしたブームになっていまして、元トップスイマーだった人たちも多く試合に出ています。そんな20代、30代の“元現役組”に多いのが、引退後にマスターズ大会に出るためにもう一度練習をやり始て、故障に苦しむケースです。そういう方の多くは、自分の現役時代のやり方を追いかけてしまい、昔の感覚のまま水中練習のみに力を入れすぎて、かえって余計に身体に負担をかけてるんじゃないかと思います」

O「水泳は生涯スポーツとして長くできるスポーツですから、長い目で見て、今後のため、自分が長くやってくため身体のケアであったり、体幹のトレーニング、ストレッチであるということを認識した方が良いでしょうね。体幹を締めるとか、ケアをするなどの地味な作業を怠ってしまうと、たとえいい練習ができていたとしても、結局故障してしまって、肝心のレースに出れなくなってしまうケースもあるでしょうし」

N「最近は練習前にスタビライゼーションとか、腹筋やったりするマスターズ団体も辰巳で増えてきました。もともとは、私が主催しているSSSが6年前に始めたのが『言いだしっぺ』というか、走りだったんだけど。当時は『何やってんだ、あんな練習、水泳には関係ないだろ』みたいな目で見られていたもんです(笑)」

O「いい傾向、良い流れですね。その流れは、どんどん愛好家レベルでも広がるべきですよね」

N「その他に、ナショナルチームに帯同される上で、注意してることとかありますか?」

O「最近は、トレーニング後すぐに、選手達のケアができるようにしています。以前は練習してから各自でストレッチして、その後食事を摂って宿舎でマッサージしていましたが、今ではレースでも練習でも、クールダウンが終わってすぐに揉むようにしています。そうすると、筋疲労の抜けがすごく早いんです。直後っていうのは一番やっぱりいいんですよね。その処置が何時間か遅れてしまうと、乳酸がどんどん筋肉をかたくしていくことなどが関与してしまうので、筋疲労が抜けるまでに時間がかかるようになります。例えば、後にケアをした時に疲労が取れるまで30分かかるとすれば、練習直後だと15分ないしは20分でとれちゃうわけです」

N「この間のフラッグスタッフでの練習風景を見ていると、北島選手や中村選手らがプールから上がってきたのを見てすぐに、小沢先生がトレーナーベットに向かっていましたたね」

O「選手たちが着替えて、アミノバイタルなどを摂ったら、その後すぐにやるようにしてています。今はそのようないい流れができていますんで、大きな故障もなくいけているっていうのがありますね」

N「それはすぐに治療を受けられる環境にない、多くのジュニアや一般スイマーも取り入れるべきですね。トレーナーがいなくても、選手同士パートナーで簡単なマッサージをし合ったり、ストレッチを行うなどはできることですもんね。そういえば、フラッグスタッフに合宿に来ていた東海大の選手達も、パートナーでマッサージしあっていましたね」

O「そうですね。どんどん良いトレーニングをして、良いコンディショニングづくりをして、時には我々専門家のケアを受けていくことで、より長く無事で頑張って欲しいと思います」

N「今日はスイマーのためになるお話をいただき、ありがとうございました。アテネでは選手達ももちろんですが、トレーナーなど医療スタッフにも、メダル獲得のプレッシャーが大きいと思います。それらに負けず、ぜひ頑張ってきてください」■
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